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この後もね、映画をまた作りたいんですよ。

仕事もあるし。っていうか、仕事だと思ってるフシがあんまりないんだけど。映画を作りたいですね。2本くらい作りたいのがあるんですよ。実際、もう台本書いてるのもあるんですけど。あと、ドキュメンタリーもやりたいし、フィクションの映画もやりたいし、まあ、その準備をしてます。  映画の撮影って、してるのはけっこう楽しいですよ。楽しい。撮影する時点では、自分で生み出すものは無いですから、こう作りたいな、ああ作りたいな、とか思いながら撮影するのって非常に楽しいんですよ。いろんなことできるからね。でも、映像を撮ってきて、編集する時が、すっごく苦しいんですよね。こう撮れば良かったとか、ああ撮れば良かったとかって思って。あと、脚本書くときもそうで、答えがないから、脚本ていうのは。いつまで経っても答えを出せずに、同じところをぐるぐる、ぐるぐる廻ってるんですよ。撮影は、時間が決まってるから、その間集中すればいいんだけど、脚本書くのは大変ですよ、そういう意味ではね。それも、見せるための脚本ですよね。映画を作っていく上で、映画会社なりそういうところに、こういう映画を作りたいっていうのを見せるための脚本だから。実際、じゃあ監督として作るときは、その脚本無視するっていうと言い過ぎだけど、殆ど変えちゃってもいいわけで、大筋は変えられないけど。細かいところはいくらでも後で修正が効くわけですから。だから、余計むずかしいんですよ。自分は分かってるんだけど、これで伝わるかなとか、この台詞でいいのかなとか、そういうふうに何回も練り直したりしちゃうから、難しくなるんでしょうね。

独立した頃の状況
フリーで自分でやってたでしょ。
もちろん映画作ってたときもフリーだったんだけど。それで、映画は公開を待つだけって年、だから1999年か。たまたま、アフガニスタンのドキュメンタリーの仕事を頼まれて、その仕事をやったんだけど。そうそうそう、戦争になる前ですよ、アフガニスタンが。直前ていうか、それも話すとものすごくタイムリーなことなんだけど。あの後、9.11あったから、あの年にね。で、また、「ちょっと、ワイドショーっぽくない朝のニュースショーやりたいんだけど」っていう依頼が来て、手伝ってくれないか、と。  それで、何年か振りに、戻って仕事をするようになった時に考えてたのは、テレビって、人に感動を与えたり、人を楽しませなきゃいけない仕事やってる割に、外部から入るスタッフのギャランティーってすごく安かったんですよ。当時。それは何とかしたいなと思ったんですよ。人を感動させたり、人を喜ばせたいのに、徹夜は続くし自分が苦しいだけで、自分が楽しくないのに人を感動させるなんて出来ないじゃないですか。

番組制作
だから、自分で会社作ってスタッフ集めて、何人かでその番組を作ろうと思ったんで、会社を作ったんですよ。
だから、まず、会社の利益は無くていい。なるべく人件費にまわす。うちのスタッフたちが、それで色んな良いものを作ってくれればいい訳で、それが財産になる。ゆくゆくは、会社のためになる、ってね。だから、会社経営者としたらものすごくダメなのかもしれないけど。それから、「遊べ」っていったんですよ。いっぱい給料あげるから、仕事した分あげるから、遊んでくれ、と。仕事をやるのもそうだし、メリハリをつけてやってくれ、と。  の番組を、番組コンセプトを作るってところ、立ち上げるところから参加させてもらったんですけど。そこで、他の仕事とかもやりつつ、ずっとやっていて…。  あのね、ギャランティーを高くするってのも、金が目的だと思うのは違うんですよ。そういう意味で言ってるんじゃないですよ。高い給料がいいって言ってるんじゃなくて、その、基本的に遊ぶにしても何するにしても、最低限のところはキープしたいというか。だから、会社組織にしたんだけど…。いまも、番組とか、他のテレビ局にも、スタッフが何人か行って仕事をしてますけどね。僕が、やってられるのも、彼らたちが頑張ってやってくれているからだと思うんだけれども。

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